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幕末の志士たちを追えっ! 二条、壬生、島原界隈 追記2008-02-03 Sun 00:55
そうそう、これを書くのを忘れてた。
池田屋事件の発端は、 新撰組が、古高俊太郎を捕らえて前川邸で拷問し、 そこで自白したから、池田屋で集まっていることをしり、 そして襲撃したというものですが。 今まで不思議に思っていたことと、昨日に先生に直接話を聞いて、 すっきりしたーw だってね、古高に聞いたのなら、 直接池田屋にみんなで集まればいいこと。 祇園の会所(八坂神社の向かいのローソンあたり)から、8時に出発して、2つの隊に別れ、池田屋(三条河原町)についたのが10時。 2時間もかからんしー。 先生のお話では、 古高がつかまって、奪回するか見捨てるかの話を、 昼間に池田屋に集まって話をしていたが、 結局決まらずに夜にも集まっていたところを見つかったとか。 それに、人数の差。 近藤隊10名、土方隊24名。 半々じゃないもんね。 古高に聞いていたのなら、分ける必要もないし。 まぁ、ある程度めぼしはつけていたんでしょうけどね〜。 ちなみに、池田屋事件で、龍馬と懇意にしていた人が2人やられたわけですが。 名前は忘れたけど、ひとりは、龍馬が土佐藩邸で1週間の謹慎をいわれたときに、見張りにいた人。 龍馬は好奇心旺盛でじっとしているのが嫌いな人。 それでその見張りの人に、いろいろとあたっていたらしい。 あたるっていうことは、それだけ打ち解けていたっていうことだそうです。 もうひとり、誰やったかなぁ・・。 忘れた あ、そうそう、壬生寺にお墓があり、そこに田中伊織という名前があるんだけど、新見錦の別名だと考えられています。 田中伊織がいるときは、新見錦がいなく、またその逆もあるとかで。 その辺のエピソードも聞いてみたいなぁw 田中伊織はどういうときに使われているんやろー。 あー、また新選組関連の本が読みたくなってきたw |
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